ゆうりしんぶん 2023年10月号
うごく、ゆうりくん
2023年9月のゆうりくん
札幌に行ってきました。
2019年8月以来、4年ぶりですかね。
はぁ~ …。
疲れちゃったよ、の溜息です。
濃厚でしたね、特に1泊目のノースサファリサッポロが。
札幌には ほかに行くべきところがあるのに、
またまた王道を踏み外した旅行をしてしまいました。
うごく、ゆうりくん フラッシュバック
「ボクの夏やすみ2019」2019/08
ゆうりくんが6歳、年長さんのときです。
函館 → 大沼 → ニセコ → 札幌 をめぐるたび。
ゆうりくんは ずっと 英語(らしきもの)をつぶやいていて、
おもしろくて、かわいい生き物だったなぁ。
外観は男の子から少年になって、かわいさが だいぶ減ったけど、
動物が嫌がらないか 気にしながら、
ゆっくり、おそるおそる なでたり、エサをあげたりする
優しいところは、変わらないな、と思います。
ノースサファリサッポロ
日曜のお昼に放送している「スクール革命!」
やさしいウッチャンと、天才ザキヤマと、リラックスした素のHey! Say! JUMPメンバーと、
ここでは毒を吐かないオードリーと、「よく見つけてきましたね」というこれから売れる女の子。
なかよしで楽しいので、録画して観ています。
そこで紹介されていたのが、ノースサファリサッポロの「動物と泊まるアニマルグランピング」。
ゆうりくんが一目惚れして、9月の連休の予約ができるようになった日にすぐ予約しました。
ハリネズミちゃんと泊まるつもりで、予約をはじめたんですけど、
… !えっ! ワラビー !? ワラビーも選べるのか! ちょっと衝撃。
ハリネズミちゃんは すごくかわいいんですけどね、「いっしょに泊まる」という感じじゃない。
ワラビーは「いっしょに泊まる」って感じ、ありますね。存在感あるもんね。

ノースサファリサッポロに実際に着いてみると、
かなり手作り感が強いんです。
入園口の時点で「ちょっと… ボロボロじゃない?」
と心配になるゆうりくん。
動物園を見る前に、「ノースサファリアドベンチャー」
に行ってみたけど、ジップラインがセルフサービス。
係員はいなくて「自分で説明を読んで、ハーネスを身に着け、
滑走してください」という突き放しっぷり。
動物園も ちょっと清潔感(というか施設感)に欠けて、
ほったらかし感が否めなくて、
『動物虐待』と言えなくもない印象。
獣医をしている基さんがみたら、どう感じるのかな、
と園内でずっと考えていました。
「これでいいのかな」と変に心を揺さぶられます。
でもね、同時に「あぁ、これでも成立するんだよな」とも感じるんですよ。
遊びなんて もともと危険やケガが伴うものなんだし、動物のしあわせなんて 人間が判断するものじゃ
ないような気もするし。世の中のほうが「気にしすぎ、やりすぎ」なのかもしれないです。

そして、グランピングにスタッフさんが
パルマワラビーのランちゃんをつれてきてくださったんですが、
事前にシャンプーしてきれいな状態で、
お世話のしかたもちゃんと説明してくださいます。
でも、ずっとスタッフが見守ってくれるわけではなくで、
「じゃあ 一晩たのしんで、がんばって」と
ひとつの大事な命を 委ねられるんです。
責任を感じるし、なんだかうれしいです。

バーベキューもね、準備してくれるものだと思ってたら、
全部自分たちで。
蓋つきの いいバーベキューグリルと食材は
用意してくださってるので、見よう見まねで。勘で。
INN THE PARK 福岡 では生焼け気味だったので、
今回はじっくり焼いたら 美味しくできました。
ゆうりくんは火を怖がらず、マシュマロを焼いて食べたり、
焚火にあたったり。かっこよかったです。
パルマワラビーのランちゃんと過ごした夜は… ちょっときつかった。
ゆうりくんとママが寝静まったあと、夜行性のランちゃんが 檻の中でピョンピョン跳ねています。
窮屈なのかな、とかわいそうに思ったし、檻の中だと自分のフンを踏んでしまいます。
だから檻から出してあげて、檻の中のフンを片付けてあげるんですが、ランちゃんから目が離せない。
カーペットを食べようとしちゃうし、フンやおしっこを 掃除してあげないといけないし。
あたたかいストーブの前でランちゃんが うとうとしているので、自分も うとうとするんだけど、
身体は寝ていても、頭はランちゃんのことを見守ろうとするので、ずーっと金縛りの状態。
夢とうつつの間を揺れ動きながら、はっとしてランちゃんを見ると、寝てなくて立ち上がってるし、
フンやおしっこが床の上に。もうだめだ、申し訳ないけど、檻に戻ってもらいます。
連泊は、無理。きつい。だけど、すごく良い体験でした。
獣医の基さん(おとうさんの従兄弟)がやっていることって、本当にすごいんだな、と思いました。
人生最初で最後のりんご飴

札幌の大通公園では、オータムフェスト開催中でした。
あんまりお腹が減ってなくて、ゆうりくんは、
海鮮ご飯を少し食べた後、すぐにデザート気分に。
アイスクリームとかもあったんですけど、
ゆうりくんの気分はりんご飴だったんですよね。
1回も食べたことのなかった りんご飴。
おとうさんも食べたことない。
でも映えますからね、買ってあげました。
でかすぎるりんご飴の端っこをかじってたんですが、
事件が発生しました。
ゆうりくんの虫歯の詰め物が
りんご飴にくっついてとれちゃいました。
すごくびっくりしちゃったゆうりくん。
大丈夫だよ、歯が抜けたんじゃなくて、詰め物が取れただけだから。
「もういらない」っていうのは、今もっているりんご飴だけの話じゃなくて、
「金輪際、りんご飴なんて食べない!」という意味だよね。
そのあと おとうさんが引き受けて食べたけど、あぁ 食べにくい! おとうさんも金輪際たべないと決めたよ。
2023年9月4日の 糸井重里さんのことば
じぶんに頼め。じぶんを使え。じぶんに期待しろ。
じぶんと考えろ。じぶんに礼を言え。じぶんを信じろ。
と、じぶんにもっと言ってやるほうがいい。
だれかに頼む、だれかを使う、だれかに期待する、
だれかが考える、だれかに礼を言う、だれかを信じる。
そういうことばっかりじゃないですか、いまの世の中。
これって、思えば「お客さん」の発想ですよね。
大きい会社なんかだと、なにかやろう、となったとき、
例えば「代理店を呼びましょう」とか、
「専門のチームがあります」とか、
まるで機械を買ってくるみたいに言いますけどさ。
それは、買いものをするのと同じことです。
先日も言ったけど、「おまえが考えるんだよ」
「あんたがやるんだよ」って、
これはもう、ぼく自身にいちばん言いたい。
見渡して、だれかを探す前に、足元を見ろ。
そこに相談できる人がいるじゃないか、
じぶんという人間が、頼まれるのを待ってるよ。
さんざんじぶんと考えている人たちが集まると、
最高のチームプレイができる。
他を頼んでいる人ばかりでは、いつまでたっても、
程度のいいお客さんにしかなれない。
じぶんが、じぶんに頼まなくて、だれが頼んでくれる。
じぶんが、じぶんに期待できなくて、だれが期待する。
「おれよ、頼むぞ」と、ちょっとやさしく言おうか。
「おれの頼みじゃ、しょうがない」と笑ってくれるよ。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「できること」の背丈がわかるだけでも、始まりになるよ。
「上司にプランがない」っていう相談を受けたりする機会に
最近何度もめぐりあいました。
そして、その結論はいつも「それ、チャンスじゃん」なのでした。
上司、会社の経営陣とかマネージャという人たちは、
対処しなければいけないことがありすぎるんですよね。
上司のみなさんは、「考えたいことについて考える」ことができる
というような状態では もはやなく、問題があちこちからやってきて
それに忙殺されているわけです。
それはそれで問題というか、改善すべきなんですけれども。
「上司には
私の仕事のありかたについて真剣に考えてほしい」とか
「私の仕事がしやすいように支援するのが上司の仕事だ」とか
言ってるのは、自分の都合ばっかりで、考えがあますぎるのかもしれません。
もちろん、上司の仕事は「管理」ではなくて「問題解決」であるべきだし
スタッフの最大効率を支援することに時間を割くべきですけどね。
でもやっぱり、あたたかくて安全な巣の中で、口をパクパクさせて
親鳥がエサをもってくるのを待つような態度を
スタッフがとっていては ダメなんだろうと思います。
上司にプランがなかったり、具体的な指示がもらえなかったりするのは
「任せましたよ」と言ってもらったんだと 理解して、
自分がやりたいようにやればいいんですよね。
もともと、それを考えるのは上司の仕事ではないんだ、と思ってさ。
成果を出してから、「こんな感じでいいですか?」と問いかければ、
「ヨシ、その方向で行こう」と応援してくれるだろうと思います。
それって、なんだか理想的な働きかたであるように思うのです。
えーっと、これは「ゆうりしんぶん」だから、
ゆうりくんに言葉をおくるとすると…
近い将来、「自由とは何か」みたいな授業、受けると思うんだよね。
わかったような わからないような、机上の空論のかたまりみたいな
歯切れの悪い授業を受けるんじゃないかと思うけど、
社会に出て、プランのない上司と付き合うと、よくわかるよ。
あとは「政治家が だらしない」とかいう議論においても
「そう言ってるお前は どんだけやっているというのか」
と考えてみると、わかりやすいかもしれないね。
2023年9月7日の 糸井重里さんのことば
便利が、よいこととはかぎらない。
いや、少し前までだったら、便利はよいことだった。
もっともっと便利になればいいと人は思っていたし、
便利より不便がいいなんてことは、考えもしなかった。
しかし、いつのまにか、ほんとうに「いつのまに?」
というくらいじわじわと、
人は、「不便」をも選ぶことが多くなってきた。
コーヒーを飲むのはいいけれど、
コーヒーを淹れるのはめんどうだと思う人がいたから、
インスタントコーヒーが発達した。
そして、電動式のコーヒーメーカーが家庭に置かれた。
それで便利になったはずなのに(ああ、はずなのに)、
わざわざじぶんでコーヒー豆を挽いて、
わざわざお湯を沸かして、時間をかけてコーヒーを淹れる。
わざわざ毛糸を買ってきて編みものをしなくても、
おしゃれなセーターは、いくらでも店で買える。
高いのもあるけれど、安くも買える(ああ、はずなのに)。
それでも、高い値段の毛糸を買って、長い時間をかけて、
ときには失敗なんかもしながら、人は編みものをする。
身ひとつで出かけていっても、冷暖房の効いた、
雨にも風にも負けないホテルというものに泊まれるのに、
テントや寝袋を積み込んで、わざわざ山にでかける。
火をおこしたり水を汲んだりしてキャンプする。
家のなかで、耳にイヤホンをはさんで音楽を聴いていれば、
他になにをするのも自由だし、汗もかかず、疲れないのに、
熱射病になるかもしれない「フェス」にくりだしていく。
ぼくらは、いつのまにか、
まるで、ある種の栄養素を求めるように「不便」を摂っている。
なんでもかんでも便利になればいいと思っていたのに、
どうやら「そうでもないぞ」と気づいたのだ。
あちこちが、あれこれが、便利になったからこそ、
こういうことに気づいたのかもしれないけれど、
もうちょっと、「じぶんがなにを欲しているか」について、
おちついて考え直してもいいんだろうなと思う。
「めんどくさい」「つかれる」「遠回りである」「損をする」
ようなことのなかに、どれほどかの、「やってよかったねぇ」
が混じってくること。
それを、探したらいい感じでおもしろくなりそうだね。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
あらゆる「祭り」も不便のかたまりだ。家族や友人もかな。
「頼まれてもないのにやる」とか「頼まれた以上にやる」とか
おとうさんは そういうのが最近多めです。
頼まれてもないのに、「やりましょうか」と言ってしまうと、
自分がまわらなくなったり、期待させておいて迷惑かけたりするリスク
もあるので、はじめる時には、少し やるべきかどうか 迷います。
でもまぁ、「頼まれてもないのにやる」のは
「自分がやりたい」ということに他ならないし、
もともと頼まれてないんだから、
最善を尽くして「やっぱ無理だ」になったとしても、
「すみません、やってみたんだけど、難しかったです」と謝れば
相手も別に怒ったりしないものです。もともと期待してないというか。
思えば、おとうさんの勤めている会社の商品は「旅行」だけど、
お金をかけて、わざわざ知らないアウェイな環境に行くなんて、
旅行というものは 不便のかたまり みたいなものです。
だけど、行きたいんだよね、旅行に。
このあとどうなるか、観てみたい。
それは ゆうりくんが Youtube をいっぱい観る理由だとおもうんだけど、
自分がかかわることで、どうかわるか、観てみたい。
というのは、Youtubeではかなえられないたのしみであることを、
ゆうりくんが はやく理解してくれると うれしいです。
2023年9月19日の 糸井重里さんのことば
「ほぼ日」のなかには男の子のおかあさんが多いので、
そういう人たちが笑いながら語る
「男の子はアホです話」を聞くことも多い。
もう、男の子というのは、ほんっとに馬鹿である。
いちおう、じぶんもそのアホの末路の男老人なので、
思い当たる節もたくさんあるのだけれど、
あらためて他人事として聞いていると、呆れるしかない。
そして、さらに言えば、そういう話はほんとに大好物だ。
なかでも、ベッドの上から、頭から跳び下りるというような
「先行きの見通せなさ」を表す話題が多い。
ああ知ってる知ってる、と思う。
じぶんが子どものころにやった覚えもあるけれど、
いまのぼくが見ていたら必死で止めたくなるようなこと。
「男の子を育てるのって、無事で生かしてるだけで立派」
ということも言われているらしい。そうかもしれない、
いろんな思い出を手繰り寄せてみると、ぼくも、
いま生きているのが幸運だったような気もする。
そういう男子であった人間も、
そういう男子である要素をどこかに隠し持ちつつ、
「唯吾知足(われただたるをしる)」の境地に憧れたり、
中庸の美しさに近づこうとしたりするようになる。
ほんとうは、どちらか一方がよろしいわけではないのだが、
生きて、知ることが増えていくと、どうしても、
先行きが見通せるような気にもなってくるし、
危ないことはできるだけ避けられるようにもなる。
いや、それはそうである、そのほうが自然なのだ。
でもね、育ち盛りのアホ男子たちが見せてくれるような
「過剰さ」が、世界から無くなったらこれは困るのだ。
ある程度の「見通しの悪さ」と「過剰さ」がないと、
世界は動かなくなって滞って衰えてしまうのである。
きっと、そのバランスというのは難しいのだろうが、
年長者たちは、男子的な「過剰」に対して、
寛容の笑顔を見せることが大事になるのだろう。
じぶんだって、そうして生かしてもらったんだからね。
いったん「ものの道理のわかる大人」になったら、
次は「大人だけじゃだめじゃん」と言う老人になって、
「唯吾知足 & Stay hungry. Stay foolish」で行くのかな。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
世の中、いい大人もいるけど、いい男子もいっぱいるしね。
今から書くことは「男が優れていて、女は劣っている」ということではない
と、最初に書いておきます。
「小学校くらいまで、男の子よりも女の子のほうが断然優れている」
Yes, 男の子はアホなんです。アホなんですけど、長期戦では強い。かな。
なぜあんなにアホな男子が伸びるのか?についての私の仮説です。
女の子は他人の意見を聞き入れるのが上手で、早い段階から大人の意見を
コピーして自分の意見のように述べることができます。
すごく理解が速いんですけど、"速すぎる"のだと思うのです。
男子は理解が遅くて、正解が得られないまま ミスを続けます。
でもある時「あっ!そういうことか!」と頭の中に稲妻が走る瞬間がある。
そうやって、女子はとっくの昔に理解していたことを男子は遅れて理解する。
その時の脳内の成功報酬ボーナスが より大きくて快感なのではないか、
だから、そういうスパークが来るまで、最終解を出さずに考え続けるクセ
がつくのではないか、というのが私の仮説です。
「あっ!そういうことか!」と気づくまでの試行錯誤の回数が多いので、
「それって具体例で言うと どういうこと?」に男の子は強い。
女の子は「だってそうじゃない?」と概念として理解している傾向が強い。
科学者とか、政治家とか、経営者とかに男性が多いことについて、
「不平等な世の中だ」という人がいるのだけれども、
最終解を出さずに考え続けたり、具体例や応用例を考えたりすることが
そういう職種に求められる というだけのことではないか、と思います。
そういう訓練を積んだ女性は そういう職種でちゃんと活躍しています。
そういう職種に向いていない男性だって、すごく多い。
それは、 男の正規分布と女の正規分布の2つの山が、
ほとんど重なりあっているけど 少しずれている、というレベルの話。
女性の正規分布は、男性の正規分布にくらべて、
「きれい」の方向にずれているのが すごくうらやましいし、
「他人と共感しあう」とか、「思い切りが良い」とかいう尺度でも
優れているように感じます。そういう特性が 現場を動かすんだし、
ショートスパンの勝負では めっぽう強い。ちゃんと強い。
正規分布がずれていて、得意な土俵が違うのなら、ペアを組んで、
おのおの得意な土俵を担当するのが良い、と私は思うのですが。
緑:高井浩章氏のことば 青:糸井重里氏のことば
最近読んだ本の中に「自分に法外な時給を設定せよ」
という話があったんです。
たとえば自分の時給を「何十万円」と設定して、それより安く済むなら、
人に頼むか、あるいはやらないという判断をして
「自分のやることを絞ったほうがいい」っていう。
そうしないと、時間と体力がとられちゃうからっていう。
なるほど、アメリカ的だなあ(笑)。
でも、たぶんそれちょっと危ないと思う。
あ、そうですか。
つまり、時間の価値を1回お金に直しちゃうと、
すべての時間をお金で計算し直せるんですね。
子どもと遊んでる時間とか、幸せ度とかを
「何時間費やしたからいくら」とかしかねなくて。
実際にはそんなこと設定しなくても「やるか、やらないか」って
決められるじゃないですか。
さすが先輩(笑)。
いやいや。その話って「断れないケース」で考えると
割とわかりやすいんです。
「あの人に世話になったから断れない」といったことってありますよね。
世話になってる人にもいろいろあって、仲がいいかどうかもあるし。
本当に仲がいい場合は、正直に相手に言えばいいんで。
それをその論理で考えると、「その人に正直なことを言うのって、
お金の価値にしたらいくら?」みたいなことになっちゃうんです。
お金の話になりすぎちゃう。
そう。コンサルとかでものすごくたくさん稼いでる人とかが、
お昼を食べながら「本当はこの時間に、俺は何万ドル稼げるんだ」
みたいなことを言い出したら、「いやいや、そうかもしれないけど」
とか思うけど、発想はそれと同じだと思う。
たしかに、1時間ボーっとしてたら「あ、なんかいま人生を無駄にしてる」
と思っちゃうっていうね。呪いになっちゃう、っていう。
そう、これ、呪いになるかなと。
そんなふうに「いくらだろう?」って自分の時間に値段をつけはじめると、
もうそういう世界に巻き込まれちゃうのが問題なんで。
だからそこは、基本的には「稼がなくてもやる」「稼がなくても断る」
のが大事だと思うんですよね。
で、結局のところこれからって、そんなふうに
「価値がないと思われてるものに、実は価値があることがわかるかどうか」
みたいなところに問題が集まっていく気がするんですよ。
『法外な時給』の話は、話を混ぜすぎなんだよな。
「人生においてできることは限られているから、
本当に大切だと思えることをやったほうがいい」
というロングスパンの話と、
「日々の数十分、数時間の時間の過ごし方」
というショートスパンの話。
数十分とか数時間でできることは、
自分でちゃんとやろうよ、と思います。
「自分でやってみると、なんだかんだ面白いんだよ。」
と糸井さんは言ってるのだと思います。
コロナが落ち着いてもなお、Uber Eatsを多用したり、
Uber Eatsの配達員をやり続けている人たちを見ると、
「もう自分で買いに行きましょうよ」と思います。
完全否定するわけではないのだけれど、
他人に食べ物を買いに行かせるなんて、どんだけ忙しいのか?と。
「なぜ自分は食べていけれるのだろう?」
おとうさんは たびたび不思議に思うんです。
野菜も 家畜も育てていない自分が、会社に勤めているだけで、
なぜ 毎日食べられて、住むところもあって、さらに遊べるのか。
自分は 本当に そんなに社会の役にたっているのか、
そう問い続けていかないといけない と思っています。
MUSIC
2023年9月のうごく、ゆうりくん
の楽曲紹介
Purity Ringさんの ♬ "stardew" です。
stardew のオフィシャルビデオが ちょっと うーん… な出来なので、
シアトルKEXPのライブパフォーマンスビデオです。
8年前のパフォーマンスなので stardewは演奏曲に入ってないんですけど。
音楽を演奏する というのは、難しくて ミスも起きるんだけど、
今は もっと簡単にすることも、わざわざ難しくすることもできます。
ゆうりくんには たのしく音楽にふれてほしいし、
気持ちがのったら、演奏にも挑戦してほしいです。
打ち込み音楽なら、演奏ミスを気にしなくていいので。
Spotify Recommend Radio September 2023
『うごく、ゆうりくん』 プレイリスト
先月号も読んでね
ご感想、あなたのニュースや、 あなたがどうぶつとすごした想い出 など おきかせください。